9月1日は防災の日です。台風の襲来が多いとされる二百十日にあたるということもありますが、直接的には、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災にちなんだものです。
関東大震災の絵葉書については、以前にも数葉ご紹介しましたが、新たに入手したものも含め、改めてご紹介したいと思います。(閲覧注意のものも含まれますのでご承知ください)
(日本橋)
(深川 黒亀橋の惨害)
(橋下の惨屍体)
(宮城前罹災民)
(日本橋)
(向島サッポロビール)
190万人が被災、10万5千人余が死亡あるいは行方不明になったとされています。建物被害においては全壊が10万9千余棟、全焼が21万2000余棟。東京の火災被害が中心に報じられていますが、被害の中心は震源断層のある神奈川県内で、振動による建物の倒壊のほか、液状化による地盤沈下、崖崩れ、沿岸部では津波による被害が発生したそうです。(wiki先生)
その東京の火災被害については、さらにwiki先生から引用させていただきますと、 「地震の発生時刻が昼食の時間帯と重なったことから、136件の火災が発生した。 ...火災は地震発生時の強風に煽られ、 ...火災旋風を引き起こしながら広まり、旧東京市の約43%を焼失させ鎮火したのは40時間以上経過した2日後の9月3日10時頃とされている。火災による被害は全犠牲者中、約九割にのぼる(当該の統計情報によれば、全体の犠牲者10万5385人のうち、火災が9万1781人を占めた)ともいわれている。」 とその被害の大きさが伝えられるとともに、 「あれ旋風(つむじかぜ)よ!!という間もなく一同の頭上へ巻いて来て、一面の火となり、運び込んだ荷物や人の着物にまでも燃え移りました。崩れかかる人波のなだれに踏み潰される者のうめき声、実にこの世ながらの生き地獄です。」 という被災者の手記からの引用も記載されていました。後の東京大空襲の悲惨さがこの時点で先取りされていたのでした。