社会・政治

2014年6月10日 (火)

古記事 妻子を置き去りに 自転車の専門泥 S15.6.12 大阪朝日新聞滋賀版

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 「琵琶湖祭」を調べてからというもの古い新聞記事に嵌ってしまいました。

 で、昭和15年6月12日の滋賀版からですが、「妻子を置き去りに 自転車の専門泥 徴兵忌避の男捕る」という見出しの記事です。興味を惹かれた点は「非国民」という言葉でした。リアルに使われているものに接するのは初めてではなかろうか、と思います。

 長浜で逮捕された男(25)ですが、「二十歳の時、徴兵忌避の目的で家を飛び出し今なお徴兵検査をうけていない非国民で... ...捜査の手を逃れるため朝鮮人になりすましていたが一昨年...」と続きます。

 昭和15年という年は太平洋戦争の前年ですが、すでに大陸では日中戦争が始まっています。またヨーロッパではこの記事の数日後にドイツ軍によりパリが陥落しています。

 そのような時勢ですので、徴兵忌避は当然「非国民」なのでしょうが、いや、実際のところきっちりと使われている(新聞などでもという意味です)言葉だったんだなあ、と変に感心してしまいます。

 とはいえ、この男に同情の余地はなく、罪を隠して婿養子に入り子供を二人ももうけていながら家を飛び出し自転車泥棒で逮捕、という顛末です。

 「取り残された妻しず子さんは、罪の夫とも知らず毎日夫の帰りを陰膳据えて待っていたが、夫が捕らわれの身となったと聞いて泣き崩れている」と結ばれていますので、奥さんはまったく知らなかったのでしょう。この後、奥さんと子供がどうなったのか心配です。

2014年6月 8日 (日)

古記事 妬刀を揮って 夫の妾を斬殺  S12.7.21大阪朝日新聞滋賀版

 ぶっそうなタイトルです。

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 「妬刀」とありますが正しくは「妬刃」ではないかと思うのです。

 本来、「妬刃(ねたば)」という言葉は切れ味の鈍った刃を指すそうですが、記事では、嫉妬の「妬」という文字から「妬みの刃」という意味合いで使用されたものと思われます。

 「中年女の嫉妬から二人の男女に遺恨の刃を加え、うち一人を殺害した事件がある...」と始まる記事ですが、ありがちではありますが、結構ひどい事件です。登場人物は、夫である清(47)、加害者である妻、きみ(41)、殺害された清の妾、くに(46)、の三人です。

 記事によりますと、妻きみは清との間に子はなく、昭和12年早々から京都市左京区に「孤独の日を過ごし」、清は四月から、昨年十月におでん屋で知り合った被害者くにと「同棲するにいたったもので、加害者は三日前に清方を訪れて口論し、いったん京都に帰ったが、中年女の燃えるがごとき嫉妬心をおさえがたく」ふたたび清方を訪れ凶行に及んだもの、だそうです。

 きみは被害者くにの炊事中、背後から出刃包丁で「首肩に一撃を加え、驚いて逃げ回るのをなおも追求し六畳の茶の間で暴れまわ」っているところを取り押さえられたとのことです。

 現代でもありそうな事件ではあるのですが、さて、わたしが強調したいのは続く記事です。「世間を騒がせて誠にすまぬ 藤田清さん語る」という見出しでインタビューに答える夫の清の言葉です。

 「世間を騒がせて誠にすまんと思っています。きみよりも長年苦労しているくにの方が家計がうまく、最近は順調に進んでいたのですが...」

 おいおい、ぜ~んぶお前のせいだろうが! なにが「誠にすまぬ」だ、なにが「最近は順調に」だ、と思わずつっこんでしまいました。こいつ自分は被害者だと思ってるんじゃねえだろうな。

 記者も「中年女の燃えるがごとき嫉妬心をおさえがたく」と、見てきたような書き方で... 

 まあ、この事件、気の毒なのは、くに > きみ > 清 なのは間違いないですな。

2014年6月 3日 (火)

古記事 鉄路に消ゆ-傷心の青年- S11.7.21

 旧館では「おとらの古新聞」という企画をおこなっていました。これは祖父の遺品から出てきた(おそらくは梱包用であった)古新聞の記事から面白そうなものをピックアップしていくという企画で、当時の世相を反映してなかなかにおもしろいものでした。

 先日、「琵琶湖祭」を調べるにあたって新聞記事の検索をしておりましたら、興味深い記事がいくつか散見されましたのでご紹介できたらと思います。

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 昭和11年7月21日付大阪朝日新聞滋賀版からですが、「19日午後10時すぎ彦根駅構内南方踏切にくちゃくちゃに粉砕された青年の無残な轢死体を発見」と始まる記事ですが、鉄工所に働く青年でしたが肋膜を患いとありますから結核であったのかもしれません、それが折からの酷暑で病状が進み働くことができなくなった故の自殺であったようです。記事からは養子であったことも読み取れますので、悲観し絶望的になるような背景があったのかもしれません。

 それにしても昔の記事は、情にも訴えますが、描写も生々しく、「くちゃくちゃ」はないのではないかと思います。

 記事の同じ面には華やかな琵琶湖祭の様子が記され「みめ美はしのミス・ビワコ」などと書かれた記事があります。そのすぐ下に、このような絶望的に悲しさを抱えた人もいるのだと、いつの時代も同じなのでしょうが、複雑な気持ちになります。