お出かけ・旅

2019年2月28日 (木)

古絵葉書 熊本駅(時をかけるおとら)

20190228221511

 二分の一線の形式ですので、大正後期から昭和初期にかけての一葉ということになります。

 鉄道には決して詳しくないのですべて受け売りになりますが、熊本市電の歴史は大正13年8月に始まります。ですから概ね一致する時期に作製されたのは間違いないでしょう。

 この絵柄自体は珍しいものではありません。熊本市電の歴史を紐解けば必ず出てくる絵柄です。 しかし...

 絵葉書としてみるときに鉄道車両が写っているかどうかでずいぶんと値段が変わるのです。それだけ鉄道物は人気なのです。わたしも嫌いではないのですが、あまり鉄道目的で高価なものは入手しません。

 おこづかいに限りがありますから...

 今回は特別でした。
 と、いうのも先ごろ熊本へ出張で出かけていたからで、その折に駅前や市電をバシャバシャ写真に撮っていたのでした。
 で、今月寸葉会でこの一葉を見つけ、ちょっと迷いながら購入したのでした。ちょっとだけ高かったからです。

 ま、お金の話はさておいて「時をかけるおとら」をやってみましょう。

Kumamoto01

 のどかな駅前がいまや新幹線の停まる駅になっています。

Kumamoto08

 熊本駅前の市電の駅も撮影したと思っていたのですが... ない。
 失敗しました。
 しかし、熊本市電は様々な種類の車両が走っており見ていてとても楽しかったです。運賃も安く(170円均一)、思わず全線走破してしまいました。

Kumamoto03

Kumamoto04

Kumamoto05

Kumamoto06

 いやいや、楽しかったです。

 ああ、もちろん仕事が終わってから見物してましたよ。真面目に仕事はしておりました。

Kumamoto09

 馬肉美味しかったなあ。

2018年5月30日 (水)

古絵葉書 キタの大火 その玖 (キタの大火を歩く 前編)

 「北の大火」についてはいつの間にかライフワークのようなものになっておりまして、以前から書いてみたい記事として構想を持っていたのが、「 「北の大火」を歩く 」 というものでした。
 で、実は去年の7月31日(大火の発生した日)にあわせて記事を書きかけておりまして、現地取材も去年の春から夏にかけて行っておりました。

 でも結局、upは今頃になってしまいました。

20160723171214

20160723171217
 火元は北区天満の空心町2丁目70番地メリヤス製造工場からでした。出火原因は火の始末を年老いた母親にまかせっきりにしたことにより、消し忘れた火がランプの油壷に落ちたことにはじまったものです。時に明治42年7月31日午前4時20分のことでした。

 大正3年の地図を引用させていただきます。
(日文研)

 「大火救護誌」によりますと、出火後 「毒焔直に走って近接の松ヶ枝尋常小学校を舐む」 とあります。
 地図にある松枝小学校と真向かいにある専念寺を手掛かりにしてみますと、この専念寺は現在でもこの場所にあり、つまりその向かいの現扇町総合高等学校に松枝小学校があったことになります。
Dsc_0665

 近接する場所が、火元のメリヤス工場というわけですので、「大阪大火画報」の地図などを参考に天満橋筋沿いの一角を勝手に決めてみました。
Dsc_0666
 この駐車場のあたりでどうでしょうか。奥の建物は扇町総合高校です。

 余談になりますが、8月2日付の新聞では、出火元の主人は火災後、子供が行方不明になったと錯乱状態になり、火の中へ飛び込もうとするところを抑えられ、近隣の回生病院へ収容されます。鎮静したところを病院より北署へ通報されますが、北署も火災でてんやわんやであったため放置されていましたところ、やがて火が病院にも迫り、避難を余儀なくされましたがそのどさくさで行方不明となったとのことです。
 しかし、翌日の新聞では、発火を確認したのち、妻と4歳の長女、年老いた母親の3人を救出したのち、茫然として火事場付近をさまよっていたところを北署刑事に発見されましたが、気が動転し失神もしたりしたようで、落ち着かせるため回生病院に預けられ、翌8月1日、中之島公会堂の北署仮庁舎へ出頭し事情聴取を受けています。その後、東区の妻の実家へ避難したようです。

 なんか、えらく内容が違う^^; 混乱のさなかでの取材は大変なのですね。

 いずれ、この火元の主人については集中的に記事にしようと思っています。いや、いろいろとしでかしているのですよ、彼は。

 最終的に主人の失火と認められ、罰金三百円(払えないときは二百日の労役)という判決を明治42年9月に受けています。

 
 
 話を戻します。
 出火後、強い東風に乗った火災は、第一防火線の堀川筋を突破した後、西へ南へと燃え広がります。

 南の方へ広がった火は衰えることなくその強さを増し、午後5時頃、控訴院へ襲い掛かります。

20170608142031 20160723174222


Dsc_0624
 堂島川をはさんで、阪神高速高架橋の向こう側にある建物が大阪高等・地方・簡易裁判所合同庁舎であり、昔の控訴院です。中之島公園から撮影しましたが、川幅がずいぶんと狭くなったように思えます。

 大阪控訴院は午後七時から八時にかけて全焼しています。

20160723172039

 そしてほぼ同じころ、控訴院よりやや西にある大江橋も半焼してしまいました。
20160723174223

Dsc_0621 Dsc_0620
 現在の大江橋は、大動脈御堂筋を担う主要な橋梁として、昭和10年に架けられました。

 さて、堀川筋を突破して西の方角へ向かった火勢はどうなったでしょうか。
 午後5時頃には梅田新道へ到達しようとしておりましたが、ほどなく梅田新道を突破し、いわゆる北新地を飲み込んでいきます。

Dsc_0637

 その当時、この場所には遊郭があり、また曽根崎川、別名、蜆川と呼ばれる川がありました。
 火勢が新地に迫り始めたころ、娼妓たちは大慌てで避難を開始し始め、荷物を含めて曽根崎川(蜆川)を舟で下ろうとします。結果、川には舟があふれます。

20160723171218

 火の手は川を飲み込み、北新地は文字どおり灰燼に帰します。

20170608142034


Dsc_0634
 現在の北新地には、旧曽根崎川を中心として、いくつかの碑が残されています。

Dsc_0632
 史跡蜆川跡としてのしじみ橋の名残です。御堂筋沿いにひっそりと残っています。ちなみにこのしじみ橋は、文久3(1863)年6月、壬生浪士組(のちの新選組)の芹沢鴨らと相撲力士たちが睨みあった歴史の一コマの舞台です。

Dsc_0642 Dsc_0643
 曽根崎川に架かっていた桜橋を偲ぶ碑が、今日の桜橋交差点近くの一角に地味に建っています。


 さて、火勢はいよいよ福島に向かっていきます。

 後編へ続く。

2017年7月16日 (日)

豊郷小学校に行きました

 嫁さんのお供で、豊郷小学校(正式には「豊郷小学校旧校舎群」)へ行きました。
Dsc_0762_2 Dsc_0694_2

Dsc_0710_2

 残念ながら校舎の中は撮影禁止(だと思ったのだが...)でしたので諦めましたが、ヴォーリズ設計のこの建物は本当に素晴らしい建物でした。もちろん階段の「兎と亀」もしっかり見てきましたし、3階の音楽室...じゃなかった、会議室も見学してきました。また講堂も凄い!! 


 豊郷小学校校舎については老朽化に伴う建て替え問題で、町長&議会 VS 町民(考える会) の激闘があったことは全国紙でも報道されたようです。私個人としては実際の建物を見て、よくぞ保存してくれたなあと感じました。それほど立派な建物なのです。
 また、単に建物が保存されているだけではなく、その歴史が丁寧に展示されているところから、建築にかかわった人々のことを知識として知ることができます。町の歴史資料館としてさらに発展することも想像できます。
 これは素敵な財産ですね。


 とはいえ...


 某アニメで注目されたゆえに「聖地」となったこの場所は、その歴史的意義よりも、ある意味、文化的意義(サブカル的な)により、多くの観光客をひきつけているようです。

Dsc_0711_2 Dsc_0714_2

Dsc_0715_2

 これはこれで大いに良いことなのではないでしょうか。(わたし全話見ています ^^;)



 さて、

 嫁さんの目的は別にありまして...

1500210595736_2
(DEENの47都道府県ツアーです。会場のチョイスがここになったのはだれが決めたのやら)


 その用事が終わるまで、わたしは町を散策です。 暑い...

Dsc_0719_2 Dsc_0720_2

Dsc_0730_2

 あちらこちらに「兎と亀」があります。愛されていますね豊郷小学校。


 しかし...

Dsc_0727_2
 いまだ根強く「けいおん!」が...



 良いのです。町おこしにはありとあらゆる手段を使うべきです。

Dsc_0729_2


 がんばれ豊郷町。君には偉大な先人が存在するではないか。

Dsc_0737_2

 なんと、伊藤忠商事&丸紅の発祥の地であるのです。

Dsc_0739_2 Dsc_0741_2

Dsc_0753_2 Dsc_0751_2

Dsc_0743_2

 「伊藤忠兵衛記念館」は、無料で見学できます。太っ腹!

 しかし、ちいっとも知らなかった。近江商人だったのですね。勉強不足です。



 で、嫁さんの用事が終わって遅い昼食をとろうと思いましたが、彼女のリクエストで彦根まで行って、蕎麦を食べました。

Dsc_0764_2

 彦根の「金亀庵(こんきあん)」です。なぜここなのかはわかる人にだけわかれば良いと思います。


 そうそう、豊郷小学校では、デザインに魅かれてお土産にクリアファイルを購入しました。
Dsc_0766_2

 良い感じではないでしょうか。ちょっと気に入っています。

2017年3月22日 (水)

藤ヶ崎龍神

 少し前の休日にドライブがてら参拝に行ってまいりました。メジャーではありませんが、風光明媚な場所にある小さなお社です。

Dsc_0472

 琵琶湖東岸の湖岸道路を東のほうへ走り、近江八幡市に入って日野川を渡ると峠に差し掛かります。この峠を越えてすぐに湖岸に向かって細い道を左折しますと、藤ヶ崎龍神に至ります。(Uターンするくらいの勢いで左折です。細い道です)

Dsc_0471
 琵琶湖に向かってのお社と、山側の岩の裂け目にあるお社の2か所に龍神様が祀られているのですが、美しい風景と相まって厳かな気分になってしまいます。(岩の裂け目の方は柵をしているようですが、参拝時にはどかして中へ入っても良いとのことです)

 信仰がいつごろから始まったのか、由緒などについてはあまりよくわかっていないようですが、天気の良い日は行ってみて損はしない場所にあります。車も停めやすいです。

2017年3月11日 (土)

DEENのライブ in Zepp Osaka Bayside

 嫁さんのお供で行ってまいりました。

Dsc_0434

 「DEEN LIVE JOY-Break20 〜Sun and Moon〜」 ということで、昨日の初日は「Moon」、すなわちマニアックナイトと言って、比較的マイナーな曲を中心に構成された内容で、あんまりなじみがないと、わたしのような「にわか」はつらいかなと心配していましたが、いやいや、嫁さんの教育のたまものでしょうか、案外に知っている曲ばかりでした。
 加えて、3月10日はDEENのお誕生日(祝24年)ということもあり、ずいぶんと盛り上がりました。アカペラの「このまま君だけを奪い去りたい」を少しのフレーズ歌ってくださったりして、とても楽しかったです。

 本日の2日目は、「Sun」ということで、メジャーな曲を中心に構成した内容で、ヒットナンバーが多く、こちらは文句なく誰でも楽しめる内容です。

 両日とも、上海からロックスターが来てくださり、初期のロックナンバーが披露され、また飼い犬のクッキーも特別出演と、アンコールまで内容が盛りだくさんでした。(本日は Break20 のファイナルということもあり、ダブルアンコールまで行ってくださり、ファンの人たちは大変に喜んでいました)

 特に3月11日ということで、東北の震災にも言及がなされ、田川さんの熱い思いがよく伝わった一日でした。

Dsc_0465

 DEENの皆様、並びにスタッフの皆様、お疲れさまでした。
 そして、ありがとうございました。

2015年11月 3日 (火)

古絵葉書 高浜海水浴場(若宮海水浴場)

 海水浴の絵葉書は好きです。これまでも何枚かご紹介した事があると思います。

 その中で福井県高浜町は今でも水の綺麗な海水浴場を複数もち、近隣の府県などから臨海学校や行楽に、昔から利用されていたようです。

20151103191729

20151103191730

20151103191731

20151103191732

 いずれも昭和初期の「高浜海水浴場」となっていますが、複数ある海水浴場のうち上に掲げた場所は特徴的な背景から「若宮海水浴場」という事がわかりました。

 で、今はどのような景色なのかと「時をかけるおとら」をやってみました。

Imag1315

 大きな変化はありませんでした。満潮である事が誤算でしたが、若干の整備があるものの、ほぼ当時の風景を眺める事ができたかと思います。この場所で昔からたくさんの人々が海水浴を行っていた(なかには鍛錬という言葉が似合う絵葉書もありますが^^;)のかと思うと、少し感慨深かったです。

2015年9月21日 (月)

仏涅槃図

 嫁さんのお祖父さんお祖母さんの、お墓参りに行って来ました。京都市下京区の西念寺という浄土宗西山禅林寺派のお寺さんです。

 住職さんがいらっしゃったのでお経を上げていただき、その後、珍しいものがあるので見て行かないかということでお誘いをいただき、ご本尊と涅槃図を見せていただく事になりました。

Imag1234

Imag1235

 ご本尊は法事の時にいつも見せていただいておりますが、鎌倉初期の作で仏師運慶の長男、湛慶(たんけい)が作った(或いは湛慶の一派作か)と思われる阿弥陀如来像です。この阿弥陀様は指先で形作る印相がとても珍しいものなのだそうです。

Imag1237

Imag1239

 そして仏涅槃図です。

 制作時期は平安時代で、高野山にある国宝の涅槃図と、東京国立博物館にある重要文化財指定されているものとの間の時期に制作されたものだということがわかっているそうです。

 比較的最近に、そんな大変なものだという事がわかったそうで、このようなラフな形で拝観できるのはそろそろ終わりだろうとの事です。(次はガラス越しかもしれないとか^^;)

 そういえば以前に宇治の橋寺放生院にて「宇治橋断碑」を見せていただいた事がありますが、国宝級重文級の文化財を管理されるというのは大変な事なんだなあと、改めて考えさせられたのでした。

2015年9月19日 (土)

高知に行ってきました。日帰りで...

 シルバーウィークということで「日帰り」で高知まで行ってきました。いやあ、滋賀から高知まで「日帰り」は、なかなかにきつい... 運転手はわたしひとり...

Imag12151
 日本三大がっかり名所のひとつは押さえておかなくてはなりません^^;

Imag1225_burst0021
 べたですが高知城。歴史好きにはうれしい「残ってる」お城です。

Imag12301
 行きは明石大橋経由で四国に入ったのですが、帰りは瀬戸大橋を利用しました。そうしたら途中で「四国萌隊」なる萌えキャラが... まんなかに入って一緒に記念撮影って事ですね^^;

Imag12321

 疲れましたが良いドライブでした。

 

2014年6月 9日 (月)

ウルトラマン創世紀展

Imag07211
 先日、守山市の佐川美術館へ「ウルトラマン創世紀展」を見に行ってきました。わけあって少し落ち込んでいたのですが、見に行ってよかったです。ちょっと元気が出ました^^

Imag07221
 展示物はもちろん撮影禁止なのですが、ここまでは撮影OKのようで、いやいやカネゴンがかなり細かく再現されておりました。(って台座になんかマークがあるけど見落としてた。ホントに撮影OKだったのか... ちょっと心配...)

Imag07231
 ちゃんとメーターまで... これってある意味カラータイマーみたいなもんですよね。

---

 展示内容はしっかりとした大人向けの内容で、おっさん一人でしたが十分楽しむことができました。というか、見物客はおっさんが多かったです^^;

 特に印象に残ったのがキングジョーの分離形態パーツが保存されていたことです。おお、残っとるんか、と驚きました。以外に大きく質感もしっかりとした出来栄えでした。流石です。

 またゴース星人のマスクも残っていて、これは非常に不気味に出来ていました。こんなに不気味だったのかと改めて感心してしまったのでした。

 わたしはリアルタイムで見ていたのはセブンからで、ウルトラマンやQは再放送で見ていた世代です。ですのでどうしてもセブンに思い入れが強く、今でもウルトラシリーズではセブンが最高傑作であると信じています。

 いや、とにかく行ってよかったです。くどいようですが元気が出ました。
Imag07321
 しっかり図録も購入してきました。

 

2014年5月31日 (土)

かき氷 ...中村軒にて

 ぎりぎり5月なのですがとにかく暑いです。

Imag07121

 京都へ出る予定がありましたので、桂離宮南にある和菓子の中村軒に行ってきました。いや、えらい人でした。店先を撮ると人がいっぱいなので(処理がめんどくさいので)看板だけ撮りました^^;

14015188377351

 ゆずのかき氷をいただきました。

14015188499231

 で、嫁さんはいちごです。そのままでもよし、練乳ぶっかけてもよし。

 今年初めてのかき氷でした。昔からかき氷は好んで食べるほうではなかったのですが、ここ数年はわりと食べるようになりましたね。嫁さんの影響もあるとは思うのですが、それでも我ながら不思議に思います。ただの氷にシロップをかけただけなのに、なんで美味いのですかね。しかもそこそこいいお値段なのに...

 人の好みというものは歳とともに変わっていくというわけなのでしょうか。