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2022年10月 1日 (土)

古絵葉書 国勢調査 その拾(前編)

 10月1日には国勢調査に係る絵葉書で蘊蓄、というのが「おとらのしっぽ」でのここ数年の傾向で、たとえ更新が滞っていても、今年もなんとか頑張ってみようかな、などと考えるのでした。

 で、今年は9月の寸葉会において昭和5年の国勢調査絵葉書をタトウ付きで入手できたので、これをネタにしようと考えたのでした。
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が...

 実は調べる過程でひとつの疑問が膨らんで(ささいな疑問なのですが)、調べ始めるといろいろな事がとっ散らかって収拾がつかなくなってしまいました。
 なので前後編に分けます。

 例によって中途半端な調査です。アプローチ方法はわかっていても気力が続かない、ということでもあります。まあ、趣味の範囲だからそれも良いか。

 さて、この時期(大正から昭和初期)の国勢調査についてはかねてから一つの疑問がありました。

 「第〇回国勢調査」のカウントの仕方です。

 総務省統計局発行の「国勢調査100年のあゆみ(令和元年10月発行)」では、大正14年国勢調査を第2回、昭和5年を第3回と表現しています。統計局発行の資料ですのでオフィシャル版です。

 しかし、昭和5年国勢調査の絵葉書では「第二回国勢調査」の記念切手と消印が... では大正14年国勢調査とはどのような位置づけだったのか。

 実は2013年10月1日付記事で少し触れているのですが、大正14年は簡易調査なのでカウントされていなかった、と言えば言えるのですが、ずいぶんとお茶を濁した記事でした。ところが2020年1月発行の「統計図書館ミニトピックスNo23 第2回国勢調査はいつなのか?-国勢調査に係る統計史料を訪ねて【その8】 奥積 雅彦(総務省統計図書館)著」という資料を読むことにより氷解しました。

 氷解と言いましたが、本当にわかりやすく資料付きで解説してくれています。

 簡単に言うと、
①「国勢調査やるよ」法律では第一回と第二回のカウントは規定されているけれど、それ以降の法律では第〇回という表現は使われていない。
②第一回を行った後、5年ごとに簡易調査をすることにして法律を改正した。でも第二回と規定した国勢調査とは大規模調査を指すので、簡易調査はカウントされない。
(めんどくさいことに最初の法律では10年に一回と規定された調査も「第二回」に限り「第一回」の5年後に実施すると決められたのですが、その後これはなかったことになり10年に一回と法改正されました。でもなんか「第二回」の文言だけは残ったみたいです。
③「第一回」を行った後に、後付けで「5年に一回簡易調査やるよ」法律が出来上がり、大正14年国勢調査が実施されたけど、「ん? 第二回? 簡易調査だからノーカン(想像です)」という流れのようです。

 で、それ以後、法的には第〇回表記はなくなったので、正式にはそのような回数表現はないのですが、昭和40年、国勢調査記念切手で簡易調査もひっくるめたトータル回数で第10回国勢調査と銘打ったのでした。まあ、ややこしいことは考えなくて良いよね。法律違反じゃないし。

 なので、2025年に予定される簡易調査は第22回とカウントされるのでした。


 ...ここから申し訳程度に絵葉書の解説です。
 タトウも含めて5画像あげました。過去にあげた絵柄もありますが改めてです。というのもタトウの中に解説文が含まれていたからです。オフィシャルの解説です。
5

 意外に感じたのは第三図に遼東半島が含まれていることでした。日清戦争で分捕ったのは良いものの三国干渉でロシアに取り上げられて、日露戦争で取り返したという大雑把な流れですが、確かにこの時期は関東州がおかれた日本の植民地です。
 久しぶりにこのあたりについての歴史の授業を思い出しました。

 ところで、お気づきかもしれませんが、これらの絵葉書は大阪府統計協会発行のものです。オフィシャルですがローカルです。他地域発行のものも当然ありますのでぼつぼつと蒐集していこうと思うのです。


 以上、前編でした。

 後編では大正14年簡易調査に係る2013年10月1日付記事で紹介した絵葉書から、とてもとても中途半端な蘊蓄を傾けます。

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