古絵葉書 祠へのお参り
暑いです。本当に暑いです。冷房の効いた部屋から一歩も出たくありません。ついでに明日の出勤もしたくありません。それほど暑いです。
古絵葉書を扱っておりますと、明治・大正のころの様子に少しは強くなりました。100年以上経っていてもやっぱり同じ日本人、だいたい現在とおんなじような事を(考え方も含めて)繰り返しています。街並みも生活様式もすっかり変わってしまったというのにです。
ところで、これほど文明は進歩して機械化されてきたのにいつまで人は毎日働かなくてはならんのでしょうか。明治のころに比べれば日常のいろいろな事柄が便利になったというのにです。生産効率は遥かに上がっていますよね。だったら二日に一度の出勤で良いように何故ならないのか? 不思議でならないのです。だからさらに100年後の世界でも、たとえどれほどAIが発達しても仕事が無くなる、なんて心配は無いに違いありません。100年後もやっぱり毎日あくせく働いているんですよ、人々は。
...働くために産まれてきたのでしょうか ボソッ
さて、暑さのせいでぐだぐだになっていますが、前置きとは全く関係なく一葉、ご紹介できればと思います。
表面が三分の一線なので、明治後期から大正前期にかけてのものになります。海外からの出品のようでした。(余談ですが海外からの委託販売品は値段の付け方が読みにくいですね。なんでこんなに高いの? というものやその逆もあったりします。そのあたりは感性の違いなのかもしれません)
外国人向けのお土産品と思われますので、撮影用にモデルさんを配置しているようです。 表面に「probably in yokohama(おそらく横浜)」と、いつ書いたかわからない鉛筆メモがありました。なので横浜のどこかなのでしょう。「祠へのお参り」と題しましたが、日本人の信仰を説明するのに良い意匠だと思います。
画面右手に臼のようなものが写っていますが、よく見ると手水舎です。奉納された手拭いがいくつも掛かっています。釜飯の手拭いが一番目立っていますが、よくよく見ても屋号などはわかりませんでした。残念です。
ある意味地味なデザインなのですが、手彩色されたこの一葉は非常に丁寧な作品になっています。カラー写真そのものは既に発明されていた時代ですが一般的ではなく、モノクロ写真に手で彩色するのが主流でした。なので、極端なことを言えば同じものは2枚と存在しません ...と、いうのはいつか書いたような気がします。
で、何が言いたいのかと言いますと、その手作業の仕上げが非常に丁寧であるということです。
一般に外国人の多かった横浜や長崎、神戸などではお土産用の絵葉書も質の高いものが用意されていたようです。なので、「probably in yokohama」とメモされていても違和感はあまり感じないのです。
あいかわらずとりとめのない文章ですが、知ったかぶりの蘊蓄も、今日はこの辺までにしておきます。
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