独り言 ダイヤモンドシティ東住吉ショッピングセンター
片づけをしていたら子供のころの写真やネガフィルムが出てきました。そういえばハーフサイズカメラだったかポケットカメラを持っており、よく写真を撮っていました。決して裕福ではなかったので、撮ったものをすべて現像・プリントに出してはもらえませんでしたが、それでも残っているものはあるんだなあと、ちょっとタイムスリップしました。
かなり画質が悪い(しかもピンボケ)ので見づらいのですが1970年代のダイヤモンドシティ東住吉ショッピングセンターの姿です。家の窓から毎日見ていた景色です。
「ダイヤモンドシティ」と言われてもピンと来ないかもしれませんが、当時のジャスコ株式会社と三菱商事との共同出資で設立された会社で、後にイオンモール株式会社に吸収されています。この東住吉店はダイヤモンドシティの1号店として1970年にオープンしました。現在に、あまたあるショッピングモールのはしりだと私は思っています。オープン当初の賑わいは子供心によく覚えています。ボウリング場が併設され、夏にはプールで楽しむこともできました。オープンスペースの2階には喫茶店だったか軽食を食べることのできる店があり、そこで鉄板の付いたお皿に乗るナポリタンスパゲッティを生まれて初めて食べた私は、驚くほどのカルチャーショックを受けたのでした。
通称、「ジャスコ」であり、スーパーと言えば「ジャスコ」と幼心に刷り込まれたのでした。なので今でもイオンにはなんとなく愛着があります。
ふふ、思い出はすべて美しいものだぜ。
覚えている限りの解説です。間違っていたらごめんなさい。そして今の姿を併せて載せます。同じアングルからは撮れなかったので少しわかりにくいですが、紀陽銀行の建物は変わっていませんので脳内補完してください。
なお、ケンタッキーがこの当時あったのは、日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社が三菱商事とKFCコーポレーションとの合弁により設立された会社であることから、三菱商事つながりでここに開店したのではないかと推測します。この場所にKFCが開店したのはダイヤモンドシティ開店から数年後だったと思うのですが、それにしてもKFCとしては早い段階の店舗だと思うのです。こんな片田舎によく出したものだ。わたしは大好物でしたが滅多に買ってもらえませんでした。ごくたまに百円握りしめてフライドポテト(当時のぶっといポテトが好きで、後にマクドで食べることになるポテトの細さがどうしても気に入らなかったものです)”だけ” 買いに行ってました。涙ぐましい少年時代だ。
現在ではイオン喜連瓜破駅前店となっていますが、建物自体はとうの昔に建て替えられています。マックスバリューにならなかったのは慰めですが、ちょっと寂しいですね。
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